僕は林業に就く前、静岡にあるオートバイ関係の会社で、バイクレースのメカニックの仕事を担当していました。地元に帰る予定はなかったものの、縁あって古くから続く家業を継ぐことになり、30歳で愛媛に戻ってきました。
異業種からの転職でしたが、以前の仕事が結構ハードだったので、まず「朝行って夕方5時に終わるなんて、いい仕事だなぁ!」と思ったのを覚えています。規則正しい生活や、自然の中での仕事は身体的にも健全な状態になれると気づき、転職して良かったなと思いました。
前職のメカニックの仕事も体力を使っていたとはいえ、山の仕事はまた別。実際に林業という職業を体で把握するまでには、5年、10年はかかりましたね。
山の中は歩道のようにまっすぐな道はないので、坂道を平坦な道を歩くような感覚で歩けるようになるまで、半年はかかったんじゃないかな。最初はすごい筋肉痛で(笑)。もちろん木を切る仕事は危険度も高く、慣れるまでは作業ひとつにも非常に気を使いました。
職場の先輩方はもちろん、現場で木を切っている方は60歳、70歳という僕の年齢の倍以上!元気な方がいっぱいいたので、助けていただきながら乗り切りました。
僕が愛媛に帰ってきたころは約20年前。まだ木材業界や建築業界の景気が良い頃でしたが、その後5年、10年と経ってくると景気は急降下で…。そもそも林業は木を育てるために50年、100年、さらにそれ以上のスパンで動き続けていく業種でもあります。木を育て続けながらもその時代のニーズに合うよう、自分たちのスタイルを少しずつ変えながら仕事を続けていくということが一番大切。社長になった今でも、毎年トライ・アンド・トライで、いろんなことを試しています。
いまは本業の傍ら、いろいろな世代の方に直接販売できるような製品を作っています。最新版は「ソマビート」という小さな箱なんですが、スマートフォンを置くと無垢の板に音が共鳴して、電源無しでスピーカーになるんです。木に興味がある人だけでなく、音楽に興味がある人がいいねと言ってもらえることが嬉しいですね。地元のFM局や大阪のドラム屋さんなど、音楽関係の人と木のコラボレーションで新しい共感を得たりする楽しみもあります。
木と深く関わってきて、木は人間より偉いなと感じています。人間よりはるかに長生きしますし。いま、木と海の関係も勉強しているのですが、木は僕たち人間だけでなく、水や空気、すべてのモノに影響を与える生き物です。それを育てていける職業につけているのは非常に光栄なことだし、すごく楽しい仕事だと感じています。
先輩からの「木を育てるなら、できるだけ森に足を運んで。足を運ぶと、木は喜んで育つよ。行けば行くほど育つから。」という言葉はすごく印象に残っています。時々、朝早くや天気がいい日に、ふらりと一人で山に入ると、木や葉っぱが風でこすれる音とか、心地いい音がたくさん広がっていて、その空気感が心地良いんです。少し奥の山に行っただけでもその透明感のある雰囲気はぜんぜん違う。美しい久万ならではの、この感覚がとても好きです。
転職を考えているけど、林業はちょっと…という方こそ、「一次産業」という言葉の先入観を、一度なくしてみてほしいですね。
ものを育てたり作ったりすることは一次産業に限らず他の産業にもあること。実際に経験すれば、いままでとは違う視点で見ると面白いとおもうことが意外とたくさんある仕事です。そして自分自身が楽しんでやっていることに、共感してくれる人はきっといる。対面販売に出ると、どんなふうに使ってくださっているか感想を聞いていても、そう感じることがあります。
もともとオートバイ関係の仕事をしていたんですが、そういったメカニックが好きなところから、巡り巡って「ソマビート」に興味をもってくださる方もいます。新しい広がりのきっかけやヒントは、どこにあるかはわからないものですから。
杉やヒノキに使えるアイデアを考えて加工して、「カッコイイ」とか「カワイイ」とか、今までにないものを作り、よりその木を理解してくれる人を増やしたいです。僕自身、杉の割り箸自体がお箸として機能的に非常に優れていると感じていますが、それは使っていただくとそのよさがはっきりわかる。「あの割り箸いいですね」とお問い合わせがくると嬉しいですし、なにより「木の製品っていいね」と言っていただけることが嬉しいんです。
今「黄金の森プロジェクト」に取り組んでいます。針葉樹である杉やヒノキと、広葉樹など紅葉する木との比率を考えながら、50年後、100年後に、遠くから見ても四季の美しい移ろいがわかるような、綺麗な山づくりができたらいいなと思っています。