公開日
2022/03/13
vol.03 農業見習いリポーターがさくらひめを訪ねる旅
愛媛県松山市
石川 真里(いしかわまり)さん
主な作物柑橘類
アフリカのナミビア経由で興居島に移住
福井@農業見習いリポーター
興居島に移住するきっかけは?
石川真里さん
JICAの海外協力隊で私も夫もナミビアに行ったんですけど、協力隊で彼に出会ったんです。
彼は協力隊に行く前から興居島に移住することを決めてたんですよね。
福井
ナミビアで一緒に活動してたんですか?
石川本
いえ、ナミビアでは活動していた場所も違うので、ほとんど会ってなくて(笑)
同じ時期に同じ国で活動していたということで、同期の隊員として日本に帰ってきて交流があったんです。
で、彼は大学時代に興居島でみかんの収穫のアルバイトをした経験があって、そのご縁で、日本に帰ったら、興居島に移住してみかんをつくることを決めていたんです。
で、帰国後、ちょうど今くらい、収穫シーズンで忙しい時期だったので、私ともう一人同期の隊員と一緒に手伝いに来ることになって、それがきっかけです。
福井
その時にはおつきあいはしてたんですか?
石川本
その時はまだ、お付き合いはしてなかったと思うんですけど、そのくらいからですかね。
福井
じゃあ、ナミビア経由で興居島が結んだ愛?
石川本
そうですね(笑)むっちゃキレイに言うとそういう感じですね。
ナミビアで感じたことを興居島でも感じることができた
福井
興居島の印象はどうでしたか?
石川本
ナミビアから帰国してすぐということもあって、ナミビアの自然な感じに興居島が似てると思って、ここなら心地よく住んでいけるなと思ったんです。
福井
ナミビアと興居島が似てると言われて納得するようなよくわからないような。具体的には、どういうところですか?
石川本
そうですよね(笑)はい。何もないようで、何かあるというか。
都会には無いものがあって、都会にあるものがないというか、自然が残っていることや、地域の人との繋がりが近かったり、情報が少なかったり、広告やあかりも商店も少ないし、信号も電車もないので。 自然と共に暮らせる感じ。
私自身が大阪で生まれ育ったので、同じ日本でもこういう暮らしができるんだなと印象に残ったということがあります。
子育て環境としての興居島
福井
ナミビアでは小学校の先生をしていたんですよね。
石川本
はい。図工と算数を教えていました。
福井
今は、興居島で子育てをされていますが、子どもの環境として興居島はいかがですか?
石川本
いいですよ。とにかく今は子どもがまだ小さくていっぱい遊びたい時期なんで、夕方はかならず海岸で子どもと遊ぶようにしています。農家という働き方をしているので、いい意味でも悪い意味でも時間が自由になりますし、自然の中で子ども達といっぱい遊べる、子どもも自然の中で星を見つけるのが得意になったりして。
大きな声を出したり、走り回ったりしても隣近所も気にしなくて良いですし、良いですよ。
興居島から世界へ
福井
ナミビア経由で移住して、小学校の先生から農家になったということですが、今後やりたいことは?
石川本
そうですね。したいことがずっとあって、農家になったら、よりそういうことができないんじゃないかなと思われることもあるんですけど、むしろやりやすい環境になったと思ってるんです。
帰国したら、アフリカのことを広める空間を作りたいと思っていたんですよ。
そういう思いを持ちながら、結婚して、農家になったんですけど、その夢は終わったわけじゃなくて、むしろ広めやすい状況になったんじゃないかなと思っていて、なので、今年から6次産業化を含めて、カフェみたいなのをやろうかなと思っているとことです。
福井
それで「興居島から世界へ」なんですね。
石川本
今はコロナでインバウンドも少なくなってしまったんですけど、それまでは興居島にも外国の人も来てもらってたんで、そういう人たちに旅行の良い思い出になるようなコンテンツも作っていきたいなと思っています。
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